家族信託とは 「認知症による資産凍結」を防ぐ法的制度 です。
認知症になると意思能力を喪失したと判断されてしまい、いわゆる「資産凍結」状態になり
- 銀行預金を引き下ろせない、定期預金を解約できない(口座凍結)
- 自宅を売却できない、賃貸に出せない
- 株式など資産の整理、処分ができない
- 生前の相続対策ができない
など、文字通り 資産が凍結されてしまいます。
このような資産凍結を防ぐために、新しい法的制度である「家族信託」が2016年頃から注目されてきました。
この記事では、近年急速な普及が進んでいる家族信託について、その仕組み、メリット、デメリット、費用などを家族信託の専門家がわかりやすく説明します。
要約
- 家族信託は「認知症による資産凍結」を防ぐ新しい法的制度
- 認知症により意思能力を失うと、銀行口座の凍結など「資産凍結」に陥る
- 完全に意思能力を失った後では、家族信託はできない
- しかし認知症の診断が出ていても、状況によっては家族信託が出来るケースもある
- 成年後見制度は柔軟な財産管理ができない・費用が高い・やめられないなどのデメリットがある
- 家族信託を検討するなら実績豊富な専門家を選んで相談しましょう
家族信託をご検討中の方へ

目次
家族信託とは
家族信託とは「認知症による資産凍結」を防ぐ財産管理の法的制度です。
高齢になり、自分の財産(現金・預金や、自宅などの不動産など)を管理できなくなったときに備えて、 自分が保有する財産の管理や運用、処分をする権利を家族に与えておく 財産管理の制度です。
家族(親子)の間で「信託契約」を結び、子が親のために財産管理を行います。
家族信託の仕組み
家族信託の仕組みは、下の図のようになっています。

家族信託の主な登場人物
- 委託者:財産の所有者で信託する人
- 受託者:財産の管理運用処分を任される人
- 受益者:財産権を持ち、財産から利益を受ける人(=委託者)
家族信託では、 財産の所有権が「委託者(親)」から「受託者(子)」に移転 します。
こうすることで、 委託者(親)が万が一認知症になってしまっても、受託者(子)が財産の管理を行うことできます。
このように託される財産を「信託財産」と言います。
収益不動産などの信託財産から生じる利益がある場合には「受益者(親)」が受け取ることができます。
家族信託が注目されている理由
日本では、「高齢者数の増加」 x 「平均寿命の増加」の影響で、認知症患者の数が急増しています。
2020年時点で認知症患者は約630万人いると推計されていました。
このペースで人口が推移していくと、認知症患者の数は2050年には1000万人( 人口あたり10人に1人が認知症患者 )を超えると推計されています。
また2025年には高齢者の方の 5人に1人が認知症 を抱えるとも推計されています。
このため、非常に多くの方が認知症による資産凍結という問題に直面し、生活費の工面、介護費用の捻出、生前の相続対策などが出来なくなると考えられています。
このような差し迫った状況を背景に、資産凍結問題への対策として、家族信託が注目されるようになりました。
銀行にお金があるのに家族でも引き出せない
資産凍結は、具体的にどのように起こるのでしょうか。銀行口座の凍結を例にご紹介します。
銀行では大きな金額の払い出しや振込の際に、窓口で本人確認をすることがあります。
この際に口座名義人(親)が認知症だと知られてしまうと、その口座が凍結される可能性があります。
これは預金の不正な引き出しや、預金口座が犯罪に悪用されることを防止することを目的としたものです。
特に認知症になり判断能力が低下した場合には、詐欺、横領、口座の不正使用などの犯罪に巻き込まれ、口座名義人が財産を失うなどの被害に遭うリスクがあり、安全の観点からこのような措置が取られます。
銀行口座の凍結後は、銀行での取引に制限がかかった状態となり、キャッシュカードでの引出しや振込みによる出金すらできなくなります。
ひとたび口座が凍結されると、 たとえ家族でもお金を動かすことができません。
銀行の窓口に来た人物の親子関係が明らかな場合でも、口座所有者本人の意思確認ができない以上、引き出しが認められなくなるのです。
認知症になった後は、例えば毎月の介護費や介護保険施設への入所費用など、どうしても高額な出費が必要になってきます。
しかし立替えをするにしても、子どもなどの身内に大きな負担がかかります。
「年金があるから老後の生活費は大丈夫」
「もしもの時は定期預金を解約すればいい」
多くの方がこのように考えてしまっているため、 「口座にお金はあるのに、引き出しや解約がができない」 というような資産凍結問題が日本全国で発生しています。
口座凍結を解除できるのは「後見人」のみ
このような経緯で銀行口座が凍結された場合、凍結を解除できるためには成年後見制度を活用するほかありません。
成年後見制度とは、本人や家族などからの申立てにより、家庭裁判所に後見人を選任してもらう制度です。
成年後見制度の利用を開始すると、家庭裁判所を通して選任された「後見人」が財産の管理を行うため、後見人が銀行口座の凍結を解除することができます。
しかし成年後見制度には下記のような課題があり、利用開始後に「成年後見制度の利用を中止したい」というような相談が多く寄せられていることも事実です。
成年後見制度の主な課題
- 費用が高い。後見人への報酬が毎月発生し、かつ長期にわたって支払い続けなければならない
- 財産の使用用途に制限が発生する。家族であっても自由に財産を動かせなくなる
- 途中で制度利用をやめる・中断することは原則できない(亡くなるまで辞められない)
- 財産が第三者によって管理されてしまう(家族で管理できない)
したがって、可能であれば 完全に認知症になる前に、家族信託など他の手段を使って事前に備えておくことをおすすめ しています。
成年後見制度については、後ほど詳しく説明します。
家族信託で認知症による資産凍結に備える
資産凍結を防ぐためには、家族信託の活用がおすすめです。
家族信託をすると、財産は子どもなどの家族・親族が「受託者」として財産を管理し、日々のお金の支払いや、自宅など不動産の売却なども本人(親)に代わって行うことができます。
ただし、家族信託は委託者と受託者の契約で成立するため、両当事者には 意思能力があることが前提 となります。
意思能力とは、物事を理解し、その是非を判断することができる能力のことです。一般に意思能力を有しない人が行った契約(法律行為)は、後からでも無効となり得ます。
しかし、仮に認知症の診断が出ていても、直ちに契約不可能となるわけではありません。弁護士や司法書士などの法律の専門家に相談の上、家族信託の契約行為が可能かどうかの判断を受けることになります。
家族信託の契約と手続き
家族信託を行うには、以下のような手続きが必要です。
家族信託の契約に必要な手続き
- 「信託契約書」の作成・契約の締結
- 信託契約書を公正証書で作成
- 家族信託で使う銀行口座の開設
- 不動産がある場合には信託登記の手続き
家族信託の契約後に必要な手続き
- 「信託帳簿」の作成・管理
- 受益者への定期的な報告
- 賃貸物件など、信託財産から発生する収益がある場合には「信託の計算書」を税務署へ提出
- 受益者について「信託に関する受益者別調書」の提出
このように 家族信託は契約だけ結べば終わり、というものではありません 。
例えば信託法37条では、受託者(子)に「帳簿等の作成・報告・保存義務」を求めています。
これは受託者が毎年、支出の記帳や領収書・レシートなどの保管を行い、その内容を報告しなければならない、という義務です。
近年では家族信託が一般に普及するようになった影響で、家族信託のデメリットや受託者の負担などを説明せず、家族信託の契約作成だけを安易に勧める専門家も増えています。
家族信託は非常に便利で柔軟な制度である一方、いくつかデメリットや注意点もあります。
家族信託を進める際には、家族信託の契約後までしっかりサポートできるような、家族信託の実績豊富な専門家にご相談することをお勧めします。
家族信託をご検討中の方へ

家族信託を行うメリット
家族信託には以下のようなメリットがあります。
認知症による資産凍結に備えることができる
高齢者が認知症発症になる確率は20%(5人に1人)と推計されています。
家族信託を事前ににしておくことで、万が一本人が認知症になってしまったとしても、受託者(子)が財産管理が行うことができます。
委託者の意思能力に影響されず財産管理ができる
家族信託を利用すると、受託者(子)に財産の管理・運用権限が移転するため、委託者(親)の意思確認は必要ありません。
受託者(子)だけで財産管理が完結することは、家族信託の大きなメリットと言えるでしょう。
柔軟な財産管理が実現できる
家族信託をしたからといって、受託者(子)が委託者(親)の財産を好きに使って良いというわけではありません。
家族信託はあくまで「信託」の一種です。信託とは「自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらう」制度です。
しかしながら、信託の定める範囲であれば、 受託者(子)が委託者(親)の代わりに柔軟に財産管理を行うことができます。
成年後見制度では難しい自宅の売却、投資、生前贈与などの相続対策など、家族信託では柔軟に財産の管理・活用をすることができます。
遺言書よりも優先して適用される
家族信託には、遺言としての機能が備わっています。
家族信託の契約書において、委託者(親)の死亡後に誰が財産を引き継ぐかを指定することができます。また、委託者(親)が亡くなった後も信託を続け、残された家族のために財産管理をするということも可能です。
遺言は一般法である民法に基づく制度ですが、家族信託は特別法である信託法に基づく制度です。
特別法は一般法よりも原則として優先するため、家族信託は遺言書よりも優先して適用されます。家族信託と遺言書で異なる内容となっていた場合には、家族信託の内容が優先されます。
資産承継の順位を決められる
相続順位を指定できるという点もメリットです。
資産を引き継がせたい人の順番を決めておくことができるので、遺産分割協議でのトラブルを防げます。
一般的な相続対策として生前贈与や遺言書の作成などがありますが、生前贈与や遺贈をした財産に対しては、相続が開始した際の相続人を指定できません。
ですが、家族信託なら最初に指定した受益者が亡くなってしまったとしても、その次の受益者を誰にするか指定できます。
二次相続の対策としても有効
一次相続とは、両親のどちらかが亡くなり配偶者と子どもが相続人になる場合の相続であり、 二次相続とは、一次相続後に残された配偶者も亡くなり子どもだけが相続人となる相続のことをいいます。
家族信託は二次相続を想定した相続対策としても有効といえます。
遺言書で指定できるのは「遺言者である被相続人が亡くなった時の一次相続のみ」です。
ですが、家族信託を利用すれば、財産をあらかじめ決めた人に、複数世代にわたって承継することができます。これを「受益者連続信託」と呼びます。
倒産隔離機能がある
家族信託のメリットの1つに「信託の倒産隔離機能」があります。
将来、受託者(子)が「破産や財産に関係のない多額の債務を負ってしまったとしても財産は差押えられない」という機能です。
信託した財産は、受託者(子)のものではなく、財産権を持っている委託者(親)のもの。そのため受託者(子)の債権者は差し押さえができません。
家族信託を行うデメリット
家族信託には以下のようなデメリットが考えられます。
受託者を誰にするかで争う可能性がある
家族信託の受託者は、財産を適切に管理・処分し信頼できる親族ということになります。
受託者として誰が選ばれたかによって、親族間での仲が悪くなってしまう可能性もあります。
受託者に選ばれなかった人は信頼されていないと感じ、不満を持つきっかけになる恐れがあります。
そのため、受託者に選ばれなかった人への配慮はしっかりとしておきましょう。
節税効果は少ない
家族信託では、比較的自由な財産管理を行うことができますが、受益者に課税されるのが原則であり、節税効果は高くはありません。また、 節税対策を主目的として家族信託をすることは本来の目的から外れます。
ただし、贈与税なしに信託財産の管理を家族に託すことができるなど、家族信託なしでは税金がかかる恐れがある行為を回避できるなどのメリットはあります。
専門家と正しく家族信託を設計することで、結果として上手な対策となることは十分にあります。
遺留分侵害額請求をされる場合がある
遺留分とは法定相続人に最低限保障された相続財産を指します。
家族信託の場合も、遺留分を侵害するような分配がされた場合、遺留分侵害額請求という請求手続きが可能となります。
あらかじめ遺留分が発生しないよう設計するか、法定相続人間で協議をしておくなど、防止できるよう働きかけることが必要です。
実例が少なく相談できる専門家が多くない
家族信託は新しい制度であり、現状、家族信託に精通している専門家は多くないといわれています。
当然、契約を締結する専門家の数は増えてきていますが、契約後や想定外の事態への対応など、家族信託の終了までを経験している専門家は少ないでしょう。
少なくとも数百件は家族信託の実際の組成を行ったことがある 経験豊富な専門家への依頼がおすすめです。
家族信託で気をつけるべきデメリット・注意点10選を徹底解説
家族信託のデメリットと注意点は?家族信託を利用するにあたっての注意点やデメリット10個について徹底解説します。
家族信託・他信託サービス・後見制度の特徴の比較
家族が認知症になったときの対策としては、家族信託以外にも複数の方法があります。
- 身内で家族信託を設計する方法
- 信託銀行等で信託契約をする方法
- 成年後見制度(法定後見・任意後見)を利用する方法
対策となる各種制度
信託銀行の信託 | 家族信託 | 成年後見制度 | 任意後見制度 | |
---|---|---|---|---|
代理人 | 身内に規定されることが多い | 本人の希望で選任できる | 家庭裁判所が選任。弁護士・司法書士など専門家の後見人が多い | 本人の希望で選任できる |
信託内容 | 必要資金の支出を中心として、 規定されていることが多い |
相続対策、 認知症対策など自由度が高い |
制限が多い | 依頼内容を事前に決定 |
費用面 | 事務管理の手数料や 運用報酬が必要 |
家族信託の組成にあたって費用が発生 | 後見人への毎月の報酬が必要 | 任意後見監督人への毎月の報酬が必要 |
メリット・デメリット | 信託できる財産に限りがある | 第三者が介入せず、家族で柔軟に財産管理ができる | 利用開始までに数か月かかる。原則として本人の死亡まで継続 | 成年後見制度より柔軟だが、家族信託ほどではない |
(1)信託銀行などの信託サービス
信託と言えば信託銀行というイメージがあるかもしれません。
信託銀行は銀行業務と信託業務の両方を行うことができる金融機関で、遺言の保管や遺言執行業務、不動産売買の仲介業務も認められている金融機関です。
信託銀行や、信託業務を専門としているサービス会社にて信託手続きを依頼することも可能です。
ただし、費用が高くなりがちです。利用前に費用についてしっかりと確認しておきましょう。
(2)法定後見
成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2種類 があります。
「法定後見」は認知症などによって判断能力が不十分な方に対して、本人の権利を法律的に支援、保護するための制度です。
本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つの制度が用意されています。

法定後見は家族信託や任意後見と異なり、完全に認知症になった後でも手続きが可能だというメリットがあります。
ただし、次のようなデメリットもあります。
- 後見人を選任する手続きが複雑で手間がかかる
- 専門家が後見人に就くと、毎月約2〜6万円の費用がかかる
- 財産の保全が目的のため、資産の積極的な活用ができなくなる
- 生前贈与などの相続対策に制限がある
- 原則途中で解任できない
法定後見では、親族が後見人に希望しても就任できない場合があります。約8割のケースで弁護士や司法書士などの専門家が後見人として選任されています。
専門家による後見という安心感もありますが、毎月の報酬も必要になります。基本報酬だけでも年間数十万円の報酬が見込まれます。
また財産管理は後見人の権限となり、財産を守ることに特化されます。相続のための節税準備や自宅の売却などが実質的に難しくなる傾向にあります。
さらに、認知症を原因とした後見の利用をすると、制度の利用を途中でやめることは原則できません。
長期間にわたり費用がかかり、財産の活用にも大きな制限が発生する点に注意しましょう。
(3)任意後見
「任意後見」も成年後見制度の一種ですが、法定後見とは主に以下の点で異なります。
- 任意後見は、本人の意思能力のある段階で、任意の人物と後見契約を結んでおく制度
- 法定後見では出来ない資産の積極的な運用も、任意後見契約に記載されていれば可能
- 法定後見の場合は居住用不動産の売却等には家庭裁判所の許可が必要なのに対し、任意後見の場合は許可はいらない
法定後見より柔軟な制度ではありますが、法定後見と比較する上では以下の点に注意が必要です。
- 任意後見には取消権がない。任意後見人の権限が任意後見契約書で定めた代理権の範囲に限定されるため、任意後見人には、本人の行為を取り消せない
- 任意後見人の代理権は「任意後見契約に記載した代理権」しかない
また、任意後見契約の効力を発生させるには、以下の2点を満たすことが必要です。
- 本人の判断能力が低下している
- 任意後見監督人が選任されている
任意後見はあくまで本人の保護の観点で行われることが原則です。
任意後見人は家庭裁判所から選任された任意後見監督人の監督のもと、任意後見業務を行うため定期的な報告が必要です。
このように任意後見では家族以外の第三者(家庭裁判所・任意後見監督人)に監督されるため、家族信託と比較すると柔軟な財産管理を行うことはできません。
また任意後見監督人への毎月の報酬も必要となります(毎月1〜2万円が目安)。
家族信託と成年後見の違いは?どちらを使うべき?
高齢者の財産を本人以外が管理するには、家族信託と成年後見制度があります。家族信託と成年後見制度は特徴が異なるため違いについてしっかり理解することが重要です。家族信託と成年後見制度の違いや、どちらを使うべきか?について解説します。
受託者の仕事と義務
ここまでで説明してきたように、家族信託は成年後見制度に比べて柔軟で利用しやすい制度であります。
しかし家族信託においては、「信託法」により受託者がしなければならない仕事がいくつか定められています。
信託法上の受託者義務
義務の種類 | 義務の内容 | 根拠条文 |
---|---|---|
善管注意義務 | 善良な管理者の注意をもって 信託事務を処理する義務 |
29条 |
忠実義務 | 受益者のために忠実に 信託事務の処理をする義務 |
30条 |
分別管理義務 | 信託財産と個人の固有財産を 分別して管理する義務 |
34条 |
信託事務を 第三者に委任した場合の 選任・監督義務 |
第三者に信託事務を委託した場合に、 当該第三者として適切な人物を選任し、 監督する義務 |
35条 |
公平義務 | 受益者が複数いる場合、 受益者のために公平に職務を行う義務 |
33条 |
帳簿等作成、報告、保存義務 | 信託財産に係る帳簿を作成し、 受益者に対してB/S、P/Lについて報告し、 書類を一定期間保存する義務 |
36条, 37条 |
損失てん補責任等 | 受託者が任務を怠ったため信託財産に 損失・変更が生じた場合、受益者の請求により 損失のてん補または原状の回復の責任を負う |
40条 |
家族信託の受託者の負担を軽減するために
家族信託においてはこの受託者義務が、受託者(子)にとって負担となります。
複数の不動産の管理がある場合など、受託者の仕事を負担だと感じて断ってしまうケースもあるかもしれません。
また、遠方に居住している、仕事が多忙、健康面の不安など、さまざまな事情も各ご家庭にあるかと思います。
この負担を軽減するためには、いくつかのポイントがあります。
受託者に適した人物を選任する
家族信託の「受託者」は信託財産の管理や手続きを行うため、それらの事務を理解し、手続きに慣れていく必要があります。
受託者は成人に限られます。もし身内に適した人物がいない場合は、残念ながら家族信託を利用することは難しいといえるでしょう。
受託者は家族・親族でなくても依頼可能ですが、多くの場合、信頼できる家族が引き受けています。
将来の相続(予定)人との信頼関係にも関わりますの、受託者の人選は重要です。
「信託監督人」や「受益者代理人」を活用する
家族信託の契約上「信託監督人」「受益者代理人」といった受託者の監督役を設置することが可能です。
これらの人物は実務上、受託者のサポート役として家族信託の契約書に定義することができます。
また、弁護士や司法書士などの専門家が、これらの監督役に就き、専門家の観点から受託者に適切なアドバイス・サポートをすることもできます。
受託者を法人にする
受託者は個人(人)でなくても構いません。受託者(人)の負担を減らすため、受託者を法人とする方法もあります。
例えば、受託者(人)と委託者を構成員として法人を設立し、受託者が慣れるまでは委託者がその法人を運営して、財産を管理します。
受託者が受託事務に慣れれば、そのタイミングで管理をバトンタッチするなどの設計も可能です。
家族信託の注意点
家族信託を利用するにあたっての注意点をまとめました。
契約内容により贈与税が課税される可能性
一般的に家族信託は委託者と受益者を同一人物として設定(=自益信託と言います)します。
財産の持ち主である「委託者」が利益を得られるよう「委託者=受益者」として信託契約を組むからです。
しかし信託法では、利益を受ける「受益者」を別の人にすることも可能です。
ここで贈与税課税に関する注意点が出てきます。
- 財産所有者ではない人が利益を得ると、贈与税の課税対象となる可能性があります。
- はじめ「委託者=受益者」で契約していたとしても、将来、管理を担当している受託者が信託財産を受け取るような契約にしていた場合、受託者への贈与税課税の可能性が出てきます。
このような贈与税課税の対象にならないよう、家族信託の契約を設計することが必要です。
家族信託の契約書を作るにあたっては、家族信託について熟知した専門家へのご相談をおすすめします。
公的年金など家族信託できない財産もある
資産の中には、信託できない財産があります。代表例として「年金受給権」や「有価証券等」です。
まず、年金受給権は譲渡できない個人の権利(一身専属権)であり、信託専用の口座を振込先に指定することができません。受託者名義の口座だからです。
そのため、公的年金については、支給された後に残高を信託用の口座に振り込むことになります。
家族信託に対応している証券会社は限られている
株式や国債、有価証券等については、銀行口座とは別に証券会社で受託者名義の口座の開設が必要です。
現在、家族信託のための口座を開設できる証券会社は、野村證券、大和証券、楽天証券など一部の証券会社に限られています。
また、信託用の口座が開設できる証券会社であっても、信託分としての受け入れ商品に制限があることが多いため、実務上、家族信託が難しいといえます。
信託したい財産に株式がある場合は、同様のケースを取り扱ったことがある経験豊富な専門家へのご相談をおすすめします。
受託者として債務を負った場合は受託者個人としても同様の債務を負う
家族信託で、受託者は信託財産の管理者となります。
そのため、受託者が信託財産の管理の一環として借入れ(信託内借入れ)を受けた場合、個人としても同様の債務を負った状態として扱われます。
信託内での借り入れですので、返済は当然、信託財産の預貯金から行いますが、万が一、信託財産がなくなった場合には、その穴埋めを受託者が個人の財産で行う責任を負います。
ケースとしては少ないと思われますが、これは受託者として信託財産を適切に管理するための規制でもあります。家族信託の特徴の1つとして認識しておきましょう。
家族信託が間に合わない場合は法定後見を利用
すでに委託者(親)が完全に認知症になってしまった場合、家族信託の契約が不可能となる場合もあります。
その場合、家庭裁判所を通して法定後見制度を申し立てれば、選任された後見人が代理人として法律行為をすることが可能です。
状況によっては法定後見制度の利用を検討しましょう。
ただし、預金管理や不動産の売却など、財産の管理権限や決定権は後見人(多くは専門後見人)に移ります。
利用開始以降、親族が財産管理に関わることは出来なくなりますので、事前に法定後見制度の特徴をよく理解しておきましょう。
家族信託の活用事例
ここからは家族信託の活用事例についてご紹介します。
自宅を将来売却できるように〜老後資金のための家族信託
将来、介護施設への入所を考えている場合、介護施設へ入所する際には、居住費・食費・管理費などの月々の支払いに加えて、高額な入所一時金が必要になるケースがあります。
入所一時金は前払い・一部前払い・月額払い(月払いに含める)などのパターンがありますが、数百万円から、場合によっては1千万円を超えるような、まとまった資金を見積もっておかなくてはなりません。
将来介護施設に入るにあたって、現在居住中の自宅を売却する(空き家になることを防ぐ)ことを考えている方も多いのではないでしょうか。
自宅不動産を売却したい場合、不動産の売買などの契約行為をするため、名義人の意思能力や契約についての理解力が必須となります。
しかし意思能力が低下してしまうと、 そこに自宅はあるのに、誰も売却できない という事態に陥ってしまいます。
家族信託を契約しておくことで、受託者(子)が代わりに手続きできるようになります。
認知症になった際には、成年後見制度を使って自宅を売却する、という計画を立てている方もいらっしゃいますが、成年後見制度(法定後見)では居住用不動産の売却は難しく※、得策とは言えないでしょう。
※成年後見人が本人の居住用不動産を売却するには、本人保護への配慮のため、家庭裁判所の許可を得なければならない。
子世代が主導する相続税対策〜高齢期の相続税対策
多くの資産を保有している場合、相続対策として生前贈与の方法もありますが、贈与による高額な贈与税が課題となります。
贈与税は基礎控除額が110万円と低いため、相続税に比べて税率が高くなるという特徴があるからです。
相続税を圧縮するために、これからアパート建設などの積極的な相続税対策(債務控除)を行おうとしても、親が高齢になっており、認知症リスクが気掛かりになってしまいます。
アパートを建てたり、融資を活用したりとするにあたっては、数年かかるなどしますので、途中で親の判断能力が低下してしまうと計画が頓挫してしまいます。
そこで家族信託を活用し、財産の管理・運用を子世代に早めに引き継いでおくことで、子世代が親の意思能力に左右されることなく、時間をかけて行うことがよくあります。
親に認知症の発症による判断能力の低下が起きても、親の承諾や本人確認なしに、受託者(子)が信託の目的に従った財産の管理・処分を継続することができるため、親が亡くなるギリギリまで相続税対策等の各種施策の実行が可能になるのです。
※家族信託は相続税対策の商品ではないことにご留意ください。
将来の資産承継に備える
家族信託では、将来相続が発生した時に信託財産を誰に渡すかを定めておくことが可能です。
これは遺言書でも指定できる内容ですが、生前から将来の相続財産の管理を任せることができる点にメリットがあります。
例えば、管理が必要な収益物件などを所有している場合、早めに承継者に信託しておくことで管理の実務の助言をしながら任せることができます。
また、信託契約の利用により、将来の遺産分割について一時相続、二次相続まで、財産の引き継ぎ先を指定しておくことができます。
遺言書よりも希望をかなえやすく、スムーズな資産管理の引継ぎが可能となります。
障がいのある子どもに財産を残す〜親なきあと問題
お子様に障がいがあり、お子様が自分で財産管理できない場合、親としては自分が亡くなった後、あるいは自分が高齢になった後のことについて、大きな不安を抱えてしまいます。
このようなケースは一般に「親なきあと問題」と呼ばれ、家族信託がよく使われている事例でもあります。
例えば、親が委託者、頼れる親族を受託者、障がいのある子どもを将来的な受益者とします。
また、成年後見人も予め就任させておくことで、家族信託で適切に財産を管理しつつ、身上監護も行うことができます。
家族信託の利用を検討中の方へ専門家からのアドバイス
ここまで、家族信託のメリット・デメリットや成年後見制度との比較などを中心に解説してきました。
将来、家族や自分が加齢によって自分の暮らしや財産の管理が十分にできなくなる事態はだれにでも起こりえます。
本人が終活を意識していても、いつ困難な事態に直面するか分かりません。身内としても、いざ現実的に財産を動かせない事態に直面するとサポートすら難しくなるのです。
そういう事態に備えて家族信託を組成することで、もしもの事態に備えることができます。
また、契約内容の設定次第で幅広く様々な形に対応することが可能です。
- 預金口座が凍結されたら生活費を引き出せなくなる
- 将来、不動産を売却して老後資金の足しにしたい
- 有価証券などの資産を身内が売却しやすいように準備しておきたい
- 終活の一環として、資産の管理を身内に任せたい
このような、さまざまな問題に対処できるのが家族信託です。
ただし、家族信託には法的な手続き、また税金の面などで豊富な知識や経験が必要です。
家族信託は便利な制度ですが、組み立て方を間違えてしまうと不要な課税となるリスクもあり得る危険性もあります。
実際に手続きを進める際には、家族信託の経験が豊富な専門家のサポートを受けることをおすすめします。
家族信託をするためにかかる費用については、こちらをご覧ください:
家族信託に必要な費用を解説!費用を安く抑えるポイントとは?
家族信託には手続き上の実費や登記関連の費用のほか、専門家に依頼する場合には事案に応じて相応の費用が発生します。この記事では、家族信託にはどのような費用が、どのくらいかかるのか、費用を安く節約する方法はあるか、という点についてご紹介します。
家族信託は司法書士などの専門家へご相談を
現在、 家族信託の相談を最も多く受けている専門家は司法書士 です。
弁護士や税理士も家族信託の相談を受けていますが、統計によると、家族信託のサポートをする専門家のうち約7割が司法書士となっています。
家族信託は契約の締結が本当のスタート地点です。
信託契約を締結すると、受託者にはさまざまな仕事が待っています。
- 信託契約に従って財産を管理する
- 帳簿の作成や貸借対照表等の計算書類の作成
- 不動産の売買など受託者の立場で実施
そのため、家族信託を行うにあたって、専門家を探すポイントとしては下記2点が挙げられます。
- 家族信託に関連する法律や手続きに精通している
- 家族信託の契約後も、長期にわたってサポートを受けることができる
弁護士は専門性に優れた士業ですが、事業範囲が幅広く、その専門性の高さゆえ費用が高くなる傾向があります。
また、税理士・会計士は当然のことながら税金に関して専門家でありますが、家族信託には成年後見制度・遺言・信託登記等の幅広い法律・民事手続きの知識が必要です。
司法書士は弁護士・税理士・会計士よりも普段の業務から相続登記・遺言・成年後見をメインに取り扱っているため、家族信託に必要な専門知識量も豊富な傾向にあります。
以上のような理由から、家族信託については司法書士が選ばれているようです。
家族信託の運用は5〜10年続くと言われています。
専門家に家族信託についてご相談される際には、家族信託の契約手続きだけでなく、長期にわたって継続的なサポートを受けられるかどうかも、併せてご確認ください。
当社でも初回相談を無料で承っており、家族信託の実際の手続き、疑問や質問事項の説明などを承っております。
家族信託について知りたいことがありましたら、どんなことでもぜひお気軽にお問い合わせください。
家族信託をご検討中の方へ

- 家族信託とはなんですか?
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家族信託は「認知症による資産凍結」などを防ぐ法的制度です。資産凍結になると、銀行口座からお金を引き下ろせなくなったり、自宅の売却ができなくなるなど、文字通り財産が動かせなくなります。
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託とは?わかりやすくメリット・デメリットを徹底解説します
- 家族信託と成年後見制度はどう違う?
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一般には家族信託の方が、成年後見制度より制約や負担が少なく、使い勝手が良い制度です。
完全に認知症になってしまった後では、成年後見制度を使うほかありませんが、家族信託を使ってなるべく早めに認知症に備えることがオススメです。
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託とは?わかりやすくメリット・デメリットを徹底解説します