家族信託では、主に高齢者の認知症による資産凍結対策として用いられていますが、その他の活用法もあります。

本記事では、どのような場面で家族信託が活用されるか、具体的なイメージがしやすいように、典型的な事例として3つの例をご紹介します。

【事例1】介護費用に備えて

主な財産は自宅不動産と預貯金という一般的な世帯の事例から見ていきましょう。

《家族構成》

  • 高齢の母(父はすでに他界)
  • 息子夫婦
  • 母の主な資産…父から相続した自宅、少しの預金

父が他界した後、母の物忘れも少しずつ増えてきたため、将来、介護施設の入居を想定しているご家族です。

《資産についての悩み》

  • 介護施設への入居一時金で数百万円、毎月の費用が数十万円
  • 母が元気なうちであれば、自宅を売却して、介護施設の入居資金を確保することも可能
  • 母の認知症が進んだ場合、自宅の名義は母であるため売却をすることが難しくなる見込み

このような資金面の問題を抱えています。

母が認知症の進行により預貯金の凍結を受けたりした場合、息子夫婦が自分たちの財産から支出しなくてはならなくなります。

また、認知症が進行した後は家庭裁判所にて「後見人」を選定してもらうことで財産の処分も可能となりますが、実際の手続きには時間が掛かる見込みです。

また、多くの場合で後見人への報酬が毎月必要となることなど費用面の負担も大きくなる可能性があります。

《家族信託の組成》

母親の意思能力が残っている段階での提案となりますが、このような事例においては以下のような家族信託の組成が考えられます。

委託者(兼受益者):母
受託者:息子
信託財産:自宅と預金(金銭)

自宅と預金(金銭)を信託財産として、息子に財産の管理権を移すことで、母が認知症になった場合でも、息子の判断で自宅の売却を行うことができます。

また預金についても、息子が管理し、売却代金を含めた母の資産を介護費用に充当することができるようになります。

母としては、息子に心配をかけることなく自身の介護への備えが可能になり、息子夫婦にとっては、自分たちの財産を拠出することなく、母の介護資金を準備することができます。

一般的な資産の世帯こそ注意しておきたい老後対策

ここでのポイントは、この事例の当事者が、決して資産家の家庭ではなく、むしろ主な財産が自宅しかないといった、一般的なご家庭であるという点です。

  • それほど資産があるわけではないから家族信託なんて大げさではないか
  • いざとなったら、入所資金は自宅を売ればなんとかなる

このような意識のご家族はよくいらっしゃることと思います。

しかし資産所有者の認知症が実際に進行してしまうと、預貯金をはじめとして財産処分が軒並み不可能となり、家族が介護費用や入所費用を手出ししなくてはならなくなります。

また、認知症が進んだ高齢者を支える制度として「後見人制度」もありますが、家庭裁判所を通す制度のため実際の利用までに時間もかかり、その他の選択肢もない、という状況に陥りがちです。

介護費用がどのくらいかかるのか、現在所有している預貯金等で対応できるのか、下記記事もご参照の上、出来るだけ早期の準備をお勧めします。
→『家族信託と併せて検討する介護費用、どのくらいかかるの?

【事例2】直系への資産承継のために

代々引き継いできた不動産を所有している世帯で、直系への資産承継を希望しているケースです。

《家族構成》

  • 高齢の夫婦
  • 長男(結婚し独立、子供なし)
  • 長女(結婚し独立、子供なし)

長男長女はそれぞれ結婚していますが、長男夫婦には子がいません。

《資産についての悩み》

父の家系で代々引き継いできた不動産があり、父の亡き後は長男に引き継ぎたいと考えていますが、長男に子がいないため、先々、長男の奥さんの家系に不動産が渡ってしまうことを心配しています。

まず最初の相続で「長男」が不動産を引き継ぎ、その次の相続では「孫(長女の子)」に承継したいという希望があります。

しかし遺言のみでは2世代先の遺産承継について決めることができません。

長男の次に孫(長女の子)が承継するためには、長男が自身の遺言でその旨を指定する必要がありますが、これは長男が決める内容であり、必ずしも希望通りに承継されるとは限らないのです。

《家族信託の組成》

このような事例において、以下のような家族信託が考えられます。

委託者(兼受益者):父
受託者:長男
信託財産:(代々引き継いできた)不動産

(1)父死亡による相続発生

第二受益者:長男(この段階で「受託者」は、長女又は孫)
※長男は受益者と受託者を兼ねることができないため受託者を別途設定する

(2)長男死亡による相続(二次相続)発生

第三受益者:孫(長女の子)

上記のような家族信託を組成することで「父→長男→孫(長女の子)」の順番で不動産を承継することを決めておくことが可能となります。

ただし、以下のような点について注意が必要です。

  • 父からの相続で長男が「受益者」になると、「受託者」を兼ねることができない
  • 二次相続の場合、長男死去にかかわらず長男の配偶者に遺留分請求権が認められない

上記は一例ですが、家族信託による相続の仕組み作りも可能となります。活用事例について下記記事でもご紹介していますのでご参照ください。
→『【後継遺贈型信託】義理の息子に相続したくない場合に家族信託が有効

【事例3】運用資産の管理・処分を家族に任せる

複数の収益不動産を所有しているオーナー家族の例です。

《家族構成》

  • 高齢の父…賃貸アパートや株式などの運用資産を複数保有
  • 長男…運用資産についての情報をあまり持っていない

《資産についての悩み》

高齢のオーナーは最近物忘れも増えてきて、これからもしっかりと自分で運用資産の管理を行っていけるか不安に思っています。

また、家族としても、父がどのような運用資産を保有していて、今どういった状況なのかを把握しておらず心配に感じています。

万が一にも、投資詐欺や悪質なセールス被害などに遭ってしまわないかも心配です。

◎ 不動産の管理委託について

賃貸アパート等の収益不動産に関しては、管理会社に管理を任せている場合、通常であれば所有者の意思能力が大きな問題となるケースは顕在化しません。

ただし、アパートの建て替えや大規模修繕、抵当権等の担保の設定などの場面で、所有者の意思能力が求められるため事前の対策をしておくことが重要です。

特に金融機関との手続きが発生した場合、意思能力の確認を厳しく求められるケースがあります。

《家族信託の組成》

このような事例において、以下のような家族信託を組成することが考えられます。

委託者(兼受益者):父
受託者:長男
信託財産:賃貸アパート、株式等の運用資産

収益物件を信託資産に入れることによって長男が受託者となり、資産の管理・処分が可能となります。

家族信託がスタートした後も委託者(オーナーである父)も経営について口出しができ、受託者である長男を支えることも可能です。

このような組成により、家族や関連業者を含めた全員の安心につながります。

経営企業の株式が散逸しているケースについて

投資用不動産の管理などに並んで、オーナー経営者の場合は会社の株式についても問題を抱えているケースがよくあります。

株式については、大きなマーケット環境の変化が生じた際、あるいは株式を現金化する必要性に迫られた際に問題が顕在化します。

オーナー本人の意思能力が低下していると株式を動かすことができず塩漬け状態になってしまうからです。

株式等のタイムリーな対応が求められる資産については、早めに子世代に委託して信託財産とすることで安定的な保有や議決権の行使が可能となります。

また、信託契約の中で、現経営者が亡くなった後の自社の株式の承継先を決めることで、認知症対策と同時に事業承継対策も可能となるのです。

なお、株式を信託財産として預けることができる証券会社は、本記事執筆時点では決して多くありません。信託を計画する際には事前に証券会社に信託口口座での管理が可能かについて確認しておきましょう。

オーナー経営者の認知症対策について→『オーナー経営者の認知症対策、家族信託が有効です!

まとめ

これらの事例のように、家族信託を活用することで様々な不安や悩みを解決することができます。

資産を保有している人に万が一のことがあったらという切り口で、その家族に合った形の家族信託を組成することができるため、オーダーメイドのように信託契約を組むことが可能となるのです。

ただし契約書の作成の際、法律的な論点や税務上の問題について確認を要するケースがあります。

とくに相続対策や不動産経営が絡む場合は注意が必要です。司法書士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。