家族信託とは 「認知症による資産凍結」を防ぐ法的制度 です。
優れた機能を持つ家族信託ですが、経験不足な専門家に依頼してしまい、ノウハウ不足から結果的にトラブルに陥る、などの危険な事例も散見されます。
本記事では、家族信託に潜む危険性や、実際に現場で起こったトラブル・失敗事例についてご紹介します。
家族信託の利用を検討している方はぜひ参考にしてみてください。
まずは家族信託について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご参照ください。
要約
- 家族信託にはトラブルになりやすい制度上の落とし穴・注意点がある
- 受託者に権限が集中する危険性や、損益通算ができないリスクなど
- ひな形を使って自分で契約書を作ってしまい、契約が無効判定となる危険性なども
- 特に遺留分侵害に関しては注意する必要がある
- 経験豊富な専門家を使い、危険な家族信託とならないようにすることが最も重要
家族信託をご検討中の方へ

目次
家族信託の危険性・リスク6選
家族信託自体が危険というわけではありません。
ただし、 家族信託が持つ特徴や性質から引き起こしやすい危険性やトラブルがあったり、家族信託の設計を間違うことで法的に間違っている、あるいは税務リスクが発生するなどの危険な家族信託になり得ます 。
まずは、家族信託が持つ特徴や性質から、引き起こしやすい危険性やトラブルについて解説します。
家族信託が引き起こしやすい危険性・トラブル:
- 受託者に権限が集中することによる家族の不仲
- 損益通算ができないことによる不利益
- 自益信託でない家族信託
- 受託者には身上監護権がないこと
- 信託できない財産があること
- 30年ルールによる信託の終了
これらについて、一つずつ詳しく解説していきます。
受託者に権限が集中する危険性
家族信託は、受託者以外の家族や親族(将来の相続人)よりも、 受託者が財産管理について大きな権限を有する こととなります。
例えば不動産を信託財産とした場合、不動産の運用方法や売却金額・売却時期なども受託者が決定できます。
そのため、 受託者以外の家族や親族が不公平感を抱きやすい という危険性があります。
受託者が権利を有するという制度上、どんなに適正に財産を管理していても、他の親族には不公平感を与えやすい可能性があるのです。
遠方でも相続権を有する家族・親族にとっては、受託者への不公平感が高まり、後々トラブルに発展することも多々あります。
委託者・受託者の2者で成り立つからこそ家族信託は便利なのですが、このようなトラブルを防ぐためにも、他の親族に対して家族信託の目的や内容・仕組みについて十分に説明することが重要だといえます。
家族信託をする際には、家族(将来の相続人)全員に、丁寧な説明が必須となります。
損益通算ができないリスク
家族信託における税務上の注意点の一つに 「損益通算禁止」 というものがあります。
これは、「信託財産である不動産から生じた損失はなかったものとみなす」という税務上の取扱いです。
そのため信託財産から生じた不動産所得に係る損失は 当該信託財産以外からの所得と相殺することはできません 。
委託者がもともと所有していた資産について赤字と黒字が出た場合、信託の有無で損益通算できないため、トータルでの所得税が割高になる可能性があります。
例えば不動産を2つ所有しており、うち1つは信託に入れていて、もう1つは信託に入れていない場合などに起こりうるリスクです。
全ての不動産を信託すれば損益通算の問題は生じませんが、収益不動産を複数所有している場合、信託する不動産と信託しない不動産の区分けについて注意が必要です。
損益が変動しやすい資産を信託する場合、収益見通しが難しいものですが、家族信託の設計前に税理士などの専門家に相談しておくと良いでしょう。
家族信託を自益信託以外で設計する危険性
家族信託では資産の所有権が受託者に移転するため、資産の名義人は受託者となります。
しかし、受託者は受益者のために財産を管理する役目であり、受託者自身は利益を得るわけではないため納税者とはなりません。
家族信託の場合は利益を得る受益者(一般的には委託者)が課税対象になります。
ここで受益者が課税されるため注意すべきポイントが出てきます。
家族信託では通常、 委託者=受益者(自益信託) ですが、制度としては委託者と受託者を別の人に設定する(他益信託)ことも可能だからです。
もしも委託者と受益者が異なる信託契約を締結した場合、収益があれば受益者に対して贈与税が課税されます 。(相続税法9条の2第1項)
これは委託者から受益者へ利益が移ったとみなされるためです。
このような背景があることから、家族信託は通常、委託者と受益者を同一人物で設計しています。
委託者と受益者が同一人物の場合には、財産権の移転が生じないので、贈与税の課税は原則ありません。
信託財産の規模によっては贈与税が高額になることもありますから、家族信託を行う際は受益者の設定や課税内容についてよく確認しておきましょう。
受託者には身上監護権がないことで起こりうるリスク
身上監護権とは、監護対象者の日常生活・療養・介護などに関する法律行為を行う権利をいいます。
成年後見制度においては、後見人は被後見人の身上監護権を有するため、財産管理にとどまらず、業務として身の回りの契約の代行をすることができます。
しかし、家族信託はあくまで財産の管理や承継を目的とする制度なので、受託者には身上監護権はありません。
例えば、介護施設への入所手続きや病院の入退院手続きなどは受託者は代行できないことになります。
受託者は基本的に家族が就きますが、未成年以外であればその役目に就くことができる制度であるため、「受託者だから法律行為を代行できる」というわけではないのです。
そのため、一般的にはこのような場合に本人の家族が身の回りの契約関係を行います。
もちろん受託者が家族であれば、契約上の受託者としてではなく、一家族として代行することが可能です。
家族信託と成年後見の違いは?どちらを使うべき?
高齢者の財産を本人以外が管理するには、家族信託と成年後見制度があります。家族信託と成年後見制度は特徴が異なるため違いについてしっかり理解することが重要です。家族信託と成年後見制度の違いや、どちらを使うべきか?について解説します。
信託できない財産があるリスク
成年後見や一般の信託に比べて家族信託は柔軟な取り扱いが可能であるといっても、信託財産にできないものもあります。
個人の権利である年金受給権などの一身専属権や、金銭に換価できないもの、名誉等は信託財産に指定できません。
加えて、不動産のなかでも農地については農地法による制限があるため信託財産とすることが困難です。
宅地転用予定として認められたもののみ信託可能です。
代わりに、有価証券や絵画・骨とう品・馬などの家畜やペットは信託することができます。
家族信託をする上での注意点について、詳しくはこちらをご覧ください。
30年ルールによって信託が強制終了させられるリスク
家族信託では、受益者を子供や孫に順番に承継させることも可能です。これを「受益者連続型信託」といいます。
このような家族数世代にわたって継続する家族信託において、特に信託期間が30年を超えうる家族信託においては注意が必要です。
信託法第91条では、30年を経過したのち、前の受益者が亡くなったことで新たに受益権を取得した方は、その方が亡くなるまでしか効力を有しないと規定されています。
つまり、信託契約から30年経つと、財産の承継は1度しか行われません。これが家族信託における30年ルールと呼ばれるものです。
家族信託の開始から30年経過すると、「30年ルールにより強制終了となる」リスクが表面化することになります。
実際にあった危険な家族信託の具体例6選
続いて、家族信託でトラブルに発展しやすい「危険な家族信託」の具体事例をご紹介します。
以下のような家族信託を組成することは危険なため避けた方が良いでしょう。
危険な家族信託の具体事例:
- ひな形を使って自分で契約書を作ってしまった
- 相続人の遺留分を侵害している
- 公正証書が作成されていない
- 信託口口座を開設していない
- 経験が十分でない専門家に依頼してしまった
- 受託者の利益が目的になっている
一つずつ詳しく解説していきます。
ひな形を使って自分で契約書を作ってしまったケース
家族信託は、柔軟に契約内容を決定できる点が大きな魅力ですが、契約書の作成は経験豊富な司法書士などの専門家と慎重に作成しなければなりません。
最近では、書籍やインターネット上でも家族信託の契約書ひな形が公開されていますが、これらのひな形はあくまで一般的な内容にとどまります。
家族信託の実際の内容は、家族ごとに財産内容、財産額、家族信託で達成したい目的が大きく違うため、一つの雛形で全てをカバーすることなどは到底できません。
サンプルやひな形はあくまでも参考の1つとして活用し、しっかりとご家族の事情に沿った納得のいく契約内容を作成していかなければ不適切なものになってしまう危険性もあります。
契約書は 経験豊富な家族信託の専門家と一緒に作成する ことを強くお勧めいたします。
相続人の遺留分を侵害しているケース
委託者の配偶者や子供などの法定相続人は、相続における最低限の取り分である遺留分を有しています。
遺留分は法定相続人に保証された相続財産なので、家族信託で相続についても指定できるといっても、 遺留分を侵害することは許されません 。
仮に相続人の遺留分を侵害する内容で家族信託の契約が締結された場合、実際に相続が発生した際には当然に遺留分の請求を受ける可能性があります。
遺留分を請求するかどうかは権利を有する人の自由ですので、遺留分を請求されない場合もありますが、他の相続人から家族信託そのものに対する不満が出やすくなると想定されます。
家族信託は委託者と受託者の二者でも成り立つ便利な制度である一方、活用の際には他の親族との争いの種となりやすい危険な一面も含んでいます。
相続人をはじめ、契約当事者以外の権利を侵害しないよう、そして不安や不信感などを抱かせてしまわないよう、細心の注意を払うべきだといえます。
公正証書が作成されていないケース
公正証書とは、第三者である公証人が契約内容のチェックの上、当事者の本人確認や本人が公証人の前で内容確認を行ったことを証明する証書です。
家族信託の契約書は、公正証書を作成せずとも有効なのですが、契約の内容について後から異議が唱えられトラブルに発展するケースもあるため、 家族信託では公正証書での作成をおすすめ します。
公正証書として家族信託契約書を作成しておくと、後から異議を唱えたり契約内容を変更されてしまうといった心配がなくなります。
例えば、他の相続人が「受託者が認知症などにより正常な判断能力を欠いている状況で信託契約が締結された」として契約の無効を主張するといった危険なケースが考えられるからです。
できるだけトラブルの種が生じないよう、書類の内容や性質について完備していきましょう。
信託口口座を開設していないケース
家族信託で託された財産(信託財産)は、 受託者個人の資産とは別物として管理(分別管理) しなければなりません。
そこで、預金や現金を信託財産とする場合は一部の金融機関が対応している信託口口座(信託財産管理専用の口座)を開設して管理することが一般的です。
信託口口座は受託者の資産と完全に切り離した運用が可能なので、信託財産と受託者の資産を区別できるだけでなく、より厳格な財産管理を実現できます。
また、仮に受託者が破産したとしても受託者自身の財産とはみなされないため差し押さえを回避できます。
信託財産を保全するという意味でも、信託口口座は有用です。
信託口口座を開設しないまま財産管理を行うと、信託財産と受託者の財産を区別できなくなる、区別できていたとしても他の相続人に不信感を抱かせてしまうといった危険が生じます。
経験が十分でない専門家に依頼してしまったケース
当社では、多くの家族信託の「専門家」に関するクレーム・相談を受けたことがあります。
具体的な相談としては、例えば以下のようなものがありました。
- 家族信託の契約書作成をしても、金融機関での信託口口座の作成はしてくれない(できなかった)
- 家族信託の契約書を作成した後に、その後のサポートをお願いしたら断られた
- 家族信託の手付金の支払いを求められ、その後の対応に満足いかず返金を求めたところ断られた
家族信託は比較的新しい制度で、経験豊富な専門家が少ないことは事実です。
また、家族信託契約は、「契約したら終わり」ではなく「契約してからがスタート」です。
家族信託の経験がほとんどない、あるいは継続的なサポートをしてくれない専門家にお願いすることによって、家族信託の目的が果たせない、あるいは後から家族信託をやり直すことになるなどの危険性も十分にあります。
今後長期間にわたってしっかりとサポートを受けられる会社であるかは、専門家を見極める大事なポイントになります。
受託者の利益を目的にしてしまったケース
信託とは受託者が一定の目的に従って、財産の管理・処分等をする契約です。
受託者の目的には例外があり、「専ら受託者自身の利益を図る」目的の場合は、信託の定義からは外れることになります(信託法第2条)。
例えば「専ら受託者の利益を図る目的」の信託を組成してしまうと、信託法上で家族信託そのものが無効となってしまう危険性があります。
「専ら受託者の利益を図る目的の信託」とは?
受託者が自分のために利益を図る信託に該当するか・しないかについては、判断の難しい部分があります。
仮に委託者を父(=受益者)、受託者を長男として土地を信託し、その長男がその土地の上に建物を建てたとします。
受託者として銀行から信託内融資を受け、土地建物に抵当権も設定されました。
建てた家には長男が住み、親子のため特に賃料の支払いをしなかったとします。
最後に父が亡くなった場合、信託を終了させ、残余財産の帰属権利者も長男とする信託を組成したとしましょう。
このような信託は、誰のための信託でしょうか。
この信託によって、父は1円の利益も得ていません。
信託契約書の目的には、父の財産を管理するためと形式上書いてあるものの、実質はすべて長男の利益のためになされた信託だと言えます。
この場合、専ら受託者の利益を図る目的の信託にあたってしまうのでしょうか。
解釈の基準について、未だ確立されていない
専ら受託者の利益を図る目的についての解釈の基準について、判例や通説は未だ確立されてはいません。
しかし、信託法の解釈においては、契約上の内容よりも、実質的な経済的効果があったかどうかで判断される傾向にあります。
今回の事例でも、実質的な経済的効果により判断されることとなれば、専ら長男の利益を図る目的との指摘を受け、信託契約が無効だと判断されかねません。
信託を組成する際には、このような危険性のある家族信託を組成しないよう設計内容には注意しましょう。
危険な家族信託を避けるにはどうしたらいい?
では、家族信託のトラブルやリスクを避けるためにはどうすればよいでしょうか。
信託の目的に沿った「正しい」設計をする
受益者のためになっていない信託に代表されるような信託法に反したものや、遺留分を侵害する恐れがあるものなど、間違った信託を蘇生しないように気を付ける必要があります。
親族間で話し合いをする
家族信託の受託者は、財産を適切に管理・処分し信頼できる親族ということになります。
家族信託は受託者に権限が集中するという性質上、どうしても他の家族からの反感を買ってしまいがちです。
受託者に選ばれなかった人は信頼されていないと感じ、不満を持つきっかけになるかもしれません。
受託者に選ばれなかった人への配慮はしっかりとしておきましょう。
また、家族仲が悪い場合は家族信託の利用は控えた方がよいかもしれません。
信頼できる専門家に相談をする
トラブルの原因の一つに、専門知識の不足が挙げられます。
知識や経験が豊富な専門家に相談することで、不要なトラブルを回避することができるでしょう。
家族信託の設計の工夫や専門家への依頼によりトラブルを防ぐ仕組み作りを
今回は家族信託に潜む危険やトラブル事例、それらを回避する方法についてご紹介しました。
家族信託は柔軟に財産の管理・承継ができる制度として注目を集めていますが、一方で自由度が高く、また家族という身近な存在が当事者となるからこそ、独特な問題点を持つ制度です。
状況により信託監督人を設定するなど、専門家へ依頼することによってトラブルを防ぐ仕組みを作ることも可能です。
後々トラブルにならない信託を組成するためにも、信頼できる専門家を選んで家族信託に取り組んでいただければと思います。
家族信託で気をつけるべきデメリット・注意点についてより詳しく調べたい方はこちらの記事もご覧ください。
家族信託をご検討中の方へ

- 家族信託をすることは危険ですか?
-
家族信託自体は危険ではありません。
しかし家族信託の設計や使い方を誤れば、思わぬトラブルに発展する可能性もあります。
例えばインターネット上で拾った家族信託の契約書のひな形を使って自分で契約書を作ってしまい、契約が無効判定となったり、想定外の税金がかかるなどの危険性などがあります。
家族信託の経験が豊富な専門家に相談することをお勧めします。
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託は危険?実際に起こったトラブルや回避方法を徹底解説
- 家族信託でよくあるトラブルは?
-
以下のようなトラブルが挙げられます。
- 受託者に権限が集中することによる家族の不仲
- 損益通算ができないことによる不利益
- 自益信託でない家族信託
- 受託者には身上監護権がないこと
- 信託できない財産があること
- 30年ルールによる信託の終了
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託は危険?実際に起こったトラブルや回避方法を徹底解説